目と目が合った瞬間(とき)。
これから触れる話題の習慣というか文化を持っている文化圏はどこなのかわからないけど、少なくとも今僕が住んでいるカナダ・バンクーバーには存在し、移民の街だけに多くの人種が生活していますが、少なくとも北米西海岸に住んでいるいわゆる欧米人には共通していると思われる習慣があります。
それは通行中、知人他人問わず目と目が合った瞬間(とき)、「にこっとお互い微笑むこと」。
日本に住んでいた時は、目と目が合った途端、目をそらすのが普通で、それが染みついてしまったせいか、カナダ生活を始めた当初は、相手がまさに微笑もうとしている瞬間に目をそらしてしまい、何か気まずいものを常に感じていました。
これは性別問わずに起こるもので、同性に微笑まれたら気持ち悪いって思うかもしれないけど、いつの間にか習慣化すると、人とすれ違うのが楽しくなり、ふと考え事、悩み事している時はとにかく歩いて人とすれ違うこと、ただそれだけで元気が出ることがあります。
しかしながら、この目と目、表情と表情のキャッチボールはすれ違った人全てと起こるわけではなく、何かしらお互いを結びつけるものがある時に限られる気もします。
例えば、会社の中ではよく起きます。初対面であろう人でも、「同じ会社に勤務している」という繋がりがそうさせるのでしょう。会社外で起こる時は、何かを目撃した時、その場に居合わせた人と同じ気持ちを共有できた時かな?自然と目と目が合った時に微笑み合います。もちろん、ただ道端ですれ違った時には起きませんよ・・・と思ってはみたものの、そういう時でもあるなぁって思います。恐らくお互い、感情か何かがシンクロした時なんでしょうね。
日本人の同僚(男性)が日本に一時帰国した際に、電車の中だったか、エレベータの中で見知らぬ女性とたまたま目が合った時、つい海外生活での習慣が表に出て、「にこっと微笑んで」しまったそうなんですが、その女性はすぐさま嫌悪感を表に出したそうです。そういう文化なり習慣が無ければ、その女性の行動も理解できないわけではありません。
2002年、日韓共催のサッカーワールドカップが開催されました。日本代表が1次リーグを突破し、BEST16で終えたあの大会開催時、日本代表が勝利した日は、街中で見知らぬもの同士がハイタッチを交わしたと聞きます。我が代表が勝利したという喜びを共有し合った瞬間だと思いますが、これと同じことが今僕が住んでいる文化圏では日常的に起こっているのです。
何かネガティブな状況下でない限り、微笑まれて悪い気はしないと思います。ちょっとした何気ないことでハッピーになれるこの瞬間、自分が子供の頃にも日本に存在していた気がします。田舎でしたけどね。
外国人から見た日本人の印象は一様に「フレンドリー」という答えが返ってくるような気もしますが、実はその外国人が「フレンドリー」なだけで、外国人に弱い日本人が多いがために勘違いしているのではないかとさえ思います。日本人の他人同士の関係の中で果たしてこの「フレンドリー」さがあるかどうか。
想定できる場面ではなく、まさに偶然「目と目が合った瞬間(とき)」その咄嗟の反応に、その人間の本質というか度量、器の大きさ(単にその瞬間の心の余裕だけかもしれないけど)が現れているような気がします。一見同じに見える微笑みにも違いはあります。何も微笑むことが正しいと言っている訳ではありません。
自分の中でまだ上手くまとめることはできませんが、この習慣に心地良さを感じていることだけはハッキリと言えますね。





はじめまして。実は以前バンクーバに旅行に行った時に、やはりすれ違う人がみな「にこっ」としてくれるので、釣られてにこっとしたのですが、観光客だから優しくしてくれているのかと思っていました。
普段からそうなんですね。
読ませていただいて、人と人との間に起こるコミュニケーションの良い摩擦の部分を、どんな形で実現するか…微笑みでなくても会釈でもハグでも、お互いの距離を少し近くして垣根を低くする(信頼を作る礎になる)行為が出来る大人でありたいなあと思いました。
franchatnoir
2009年8月30日(日曜日) 05:32
コメントありがとうございます!
バンクーバーに来たばかりのことを思い出してみましたが、ある意味「旅行者」としてではなく、「今この場にいる人間」として普通に接してくれていたような気がします。「旅行者」として扱われると多少なりとも胡散臭い空気を感じるという個人的な感覚かもしれませんが、とにかくいい人が多いですよ。
このエントリーを読んで頂いて、「何か考える」ことに繋がってくれたことが嬉しいです。僕も同じような思いです。
Junnn
2009年9月6日(日曜日) 18:30